歴史・沿革

和歌山、海南地区

西暦 年号 沿革 世の中の動き
1961 昭和36 第1高炉火入れ、銑鋼一貫体制となる  
1963 昭和38 第2高炉火入れ  
1965 昭和40 第3高炉火入れ  
1966 昭和41 海南鋼管(株) 設立  
1967 昭和42 第4高炉火入れ  
1969 昭和44 第5高炉火入れ、粗鋼生産922万トン体制確立  
1974 昭和49 海南鋼管(株)から住友海南鋼管(株)に社名変更  
1970 昭和45   大阪で日本万国博開催
1973 昭和48   第一次オイルショック
1979 昭和54   第二次オイルショック
1980 昭和55 住友海南鋼管(株)を合併、海南鋼管製造所となる  
1986 昭和61 海南鋼管製造所と鋼管製造所と統合  
1988 昭和63 海南地区を鋼管製造所から分離、和歌山製鉄所と統合  
1990 平成2 高炉2基体制  
1991 平成3   バブル崩壊
1992 平成4 日本ステンレス(株)と合併  
1995 平成7   阪神・淡路大震災
1997 平成9 世界初の「高交叉角拡管穿孔法」による新シームレスパイプミル稼働  
1999 平成11 世界初の「9分精錬」新製鋼工場稼動  
2003 平成15 (株)住金鋼鉄和歌山(現日鉄住金鋼鉄和歌山(株))設立  
2009 平成21 新第1高炉火入れ  
2012 平成24 新日鉄住金(株)発足  
2014 平成26 堺製鉄所と統合  

堺地区

年代 沿革
昭和34年(1959年) 堺建設本部設置
昭和36年(1961年) 八幡製鐵(株)堺製鉄所発足
昭和37年(1962年) 大形工場稼動
昭和38年(1963年) コークス炉稼動
昭和39年(1964年) ストリップ工場稼動
昭和40年(1965年) 第一高炉火入れ
第一・二号転炉稼動
第一分塊工場稼動
銑鋼一貫体制確立
昭和41年(1966年) 第一焼結稼動
昭和42年(1967年) 第二高炉火入れ
第三号転炉稼動
第二分塊工場稼動
昭和43年(1968年) 第一焼結稼動
昭和45年(1970年) 新日本製鐵株式会社(発足)
昭和47年(1972年) 管理センター完成
昭和48年(1973年) 大形直送圧延開始
昭和56年(1981年) 連続鋳造稼動
CC-DR操業開始
第二分塊工場休止
昭和57年(1982年) 大形工場素材CC化
昭和59年(1984年) 第一高炉吹降し
昭和60年(1985年) ストリップ工場休止
昭和62年(1987年) (株)ニッテツ・ビジネスプロモート大阪設立
昭和63年(1988年) 新日鉄情報通信システム(株)設立(現:新日鉄住金ソリューションズ(株))
平成元年(1989年) ハイパービーム製造開始(177サイズ)
平成2年(1990年) 高炉工場、焼結工場、製鋼工場、連続鋳造工場、第一分塊ミル休止
ハイパービーム大河内賞受賞
関西ビレットセンター(株)設立
平成6年(1994年) (株)日鐵テクノリサーチ 関西事業所開設
平成8年(1996年) (株)エニコムシステム大阪設立(現:(株)NSソリューションズ関西)
平成10年(1998年) 大阪製鐵(株)堺工場設立
平成11年(1999年) 大阪製鐵(株)・関西ビレットセンター(株)合併
平成12年(2000年) (株)ブレイザーズスポーツクラブ設立
平成14年(2002年) 執務スペースの移動(管理センター部門
形鋼センター)へ
平成17年(2005年) ハット型鋼矢板900製造販売開始
平成20年(2008年) サイジングミル設置
平成21年(2009年) ハイパービームシリーズ拡大(592サイズ)
平成24年(2012年) 新日鉄住金(株)発足
平成26年(2014年) 和歌山製鉄所と統合

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