歴史・沿革

大分地区

“一貫製鉄所を大分に”との永野社長[当時、富士製鉄(株) ]の決断により、昭和36年2月、大分県、大分市、鶴崎市と富士製鉄(株)が、工場建設に関する基本計画書に調印しました。昭和47年4月19日には、第一高炉の火入れを行い、銑鋼一貫体制を確立、当時の世界最先端技術を結集し新日本製鉄発足後初めての製鉄所が誕生しました。現在は、量産高級鋼の製造だけでなく、電力卸供給事業、プラスチックリサイクルなどの事業展開も行っています。

年代 大分製鉄所の沿革
昭和 36年(1961年) 大分県、市と工場建設に関する基本協定に調印(2月)
44年(1969年) 大分県、市と公害防止協定覚書締結(12月)
45年(1970年) 新日本製鉄株式会社発足(八幡製鉄(株)・富士製鉄(株)が合併)(3月)
46年(1971年) 大分製鉄所発足(6月)
連続熱延工場稼動(11月)
47年(1972年) 第1高炉火入れ(銑鋼一貫体制確立)(4月)
51年(1976年) 第2高炉火入れ(10月)
52年(1977年) 厚板工場稼動(1月)
平成 11年(1999年) ISO14001認証取得(7月)
14年(2002年) 電力卸供給事業(IPP)開始(4月)
16年(2004年) 第2高炉改修火入れ(世界最大の高炉誕生)(5月)
17年(2005年) プラスチックリサイクル工場竣工(4月)
20年(2008年) 第5コークス炉稼動(2月)
23年(2011年) 光鋼管部統合(新生大分製鉄所発足)(4月)
24年(2012年) 新日鉄住金(株)発足

光地区

ステンレス部門の分社化に伴い、平成15(2003)年10月に旧光製鉄所の鋼管部門が、『鋼管事業部 光鋼管部』として独立しました。

その後平成23(2011)年4月、事業基盤の強化とさらなる競争力向上のため、「大分製鉄所 光鋼管部」として大分製鉄所内組織になりました。

瀬戸内海国立公園に面した風光明媚な環境の中で、下記のユニークな高付加価値商品を製造しており、国内外から高い評価を頂いております。

  • 世界トップクラスの高級ラインパイプ
  • 最長1kmの展開長さが得られる独自商品のPIC(Pipe In Coil)
  • 国内唯一の熱間押出製法によるデザインフリー形鋼
  • 汎用品から超合金まで多彩なニーズにお応えする継目無ステンレス鋼管
年代 光鋼管工場の歴史
昭和 30年(1955年)
  • 光製鉄所発足(5月)
33年(1958年)
  • 中径管設備(8月)
35年(1960年)
  • 熱間押出設備(1月)
  • 第1小径管設備(8月)
37年(1962年)
  • 第2小径管設備(2月)
40年(1965年)
  • SR設備(2月)
45年(1970年)
  • 新日本製鐵(株)誕生(3月)
49年(1974年)
  • 溶接ステンレス鋼管設備(7月)
55年(1980年)
  • 中径管設備増強(2月)
58年(1983年)
  • Pipe In Coil 生産設備(10月)
59年(1984年)
  • ステンレス鋼片直接押出(6月)
  • チタン溶接管造管設備(7月)
  • 輸出岸壁(12月)
平成 15年(2003年)
  • ステンレス部門分社化⇒新日鐵住金ステンレス(株)発足(10月)、
    光鋼管部発足(10月)
  • 中経FFX新成形機(11月)
18年(2006年)
  • 金属箔工場分社化⇒新日鉄マテリアルズ(株)(7月)
21年(2009年)
  • 溶接ステンレス鋼管設備休止
23年(2011年)
  • 組織改正で、大分製鉄所 光鋼管工場となる
24年(2012年)
  • 新日鉄住金(株)発足

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