歴史・沿革

橋野高炉絵巻

釜石は、1857年(安政4年)、南部藩士大島高任(たかとう)により日本で初めて高炉法での出銑に成功した、わが国の近代鉄産業発祥の地です。釜石製鉄所は、日本の鉄鋼業の歴史とともに歩み、現在は、線材事業と電力事業を両輪とし、ものづくりの伝統と最先端の製造技術を備えた製鉄所として事業展開を図っています。

※橋野高炉絵巻(岩手県指定文化財)
近代製鉄初期の精錬技術をはじめ、製造工程、設備概要、就業状況などを和紙絵巻に記録(左の画像は当時の出銑作業))

近代製鉄の父・大島高任

近代製鉄の父・大島高任

大島高任は、初めて洋式高炉の技術移植を見事に成し遂げ、わが国の近代鉄産業の礎となった先駆者です。

近代製鉄の父・大島高任

釜石製鉄所の沿革

年代 釜石製鉄所の歴史
昭和
25年(1950年)
  • 富士製鐵(株)が発足し、富士製鐵釜石製鉄所となる
36年(1961年)
  • 線材工場操業開始
45年(1970年)
  • 富士製鐵(株)と八幡製鐵(株)が合併し、新日本製鐵株式会社となる
60年(1985年)
  • 当所ラグビー部が日本選手権7連覇の偉業達成
平成 1年(1989年)
  • 高炉・製鋼工程を休止。銑鋼一貫体制から複合事業へ
12年(2000年)
  • IPP卸電力事業に参入
13年(2001年)
  • 当所ラグビー部が、地域共生型のクラブチーム「釜石シーウェイブスRFC」として生まれ変わる
15年(2003年)
  • 当所北桟橋に全天候バース竣工
17年(2005年)
  • 線材生産量累計2000万トン達成
18年(2006年)
  • 創業120周年
24年(2012年)
  • 新日鉄住金(株)発足

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