「ルン・アントアン」から始まった、ものづくり。

「ご安全に!」製造現場において「安全最優先」の意識を共有するために使われる挨拶の言葉がある。もともとはドイツの炭鉱夫たちの間で使われていた「グリュックアウフ(ご無事で)」という挨拶が発祥で、日本では新日鐵住金から広まり、ものづくりの現場でごく当たり前に使われている。この言葉が、今、異国の地ベトナムで新日鐵住金が出資する合資会社の製造現場でも使われている。「ルン・アントアン(ご安全に)」。もちろん、この地ではこのような挨拶の習慣はなかった。英語、ベトナム語、台湾語、日本語が飛び交う現場で、国籍を問わず安全最優先を意識するための共通の挨拶の必要性を感じた安全管理担当が主導し、現地社員から公募して決まった挨拶が「ルン・アントアン」だ。今では国籍を乗り越えて安全を願う挨拶として工場のあちこちで大きな声の「ルン・アントアン」が聞こえてくる。
総勢約900名の多国籍の社員のものづくりは、この言葉から始まった。

ベトナムで、新たな歴史を刻むプロジェクト。

「Greenfield」という英語には、「何もない更地に生産拠点を立ち上げるプロジェクト」といった意味がある。2013年11月に営業運転を開始したCSVC(China Steel Sumikin Vietnam Joint Stock Company)の工場はまさにグリーンフィールドの生産拠点だ。
CSVCは、新日鐵住金と台湾の中國鋼鐵股?有限公司の共同出資によってベトナムに設立された鋼板の製造・販売会社。日本と台湾の企業が手を結びベトナムで新たな事業にチャレンジするという、近年のグローバルビジネスを絵に描いたようなプロジェクトだ。工場は、ホーチミン市の南東約60㎞、バリアブンタウ省の工業区にある。
現在、CSVCで営業マネージャーを務める足立匡は、奇しくもこのプロジェクトの立ち上げに関わり、2010年、ベトナムを訪れてこの工場の建設予定地を見学した。そこはまさしくグリーンフィールド。ジャングルのように草木が生い茂り、水牛がのんびりと草を食べるような土地だった。ベトナムの鉄鋼業に新たな歴史を刻むプロジェクトは、こんな原野から立ち上がったのだ。

組織も仕事も、ゼロからのスタートだった。

足立がベトナムに着任したのは、2012年7月のこと。工場はまだ、建設の真っ最中だった。CSVCでのポジションは日本流に言うならば、第2営業部の営業課長だ。社長をはじめ営業部門の主立った幹部や第1営業部の部課長は中國鋼鐵から出向したスタッフ。当時の足立は、部下は1人もおらず、新会社のための営業基盤もない。まったくのゼロから組織も仕事もつくっていかなければならなかった。
「果たしてどうなることやら……」。CSVCへの赴任が決まってから、不安と期待が入り交じった想いで過ごす日々もあった。けれども、ベトナムに来てそんな迷いも消し飛んだ。Go for it! 悩んでいるヒマなんてない。目の前の難題に次々挑んでいくだけだ。
最初の仕事は、現地スタッフの採用。そこでいきなりつまずいた。鉄鋼業界での経験がある自分をサポートしてくれるような中堅社員を求めたのだが、ベトナムではそんな人材は潤沢ではなく、採用できたのは大卒の新人3名。足立は、鉄鋼業の基礎やビジネスマナーを教えるなど自分の部下を育てながら、組織や業務の仕組みづくりに取り組んだ。

未経験の現地社員を指導・育成していく。

CSVCの生産ラインは、主に建材や自動車用の薄板を生産する拠点であり、母材となる熱延コイルを酸洗・冷間圧延する酸洗・冷延連続ラインと、そのコイルを一定の温度まで無酸化雰囲気で加熱することで焼き鈍す焼鈍ライン等、更に亜鉛で鋼板表面をめっきする溶融亜鉛めっきラインなどで構成される。
その焼鈍ラインの操業技術者である森本康友がCSVCにやって来たのは、足立の着任から4ヵ月後の2012年11月。ちょうど生産開始の1年前だった。
森本は当時、入社3年目。製鉄所の焼鈍ラインで濃密な経験を積んできたとはいえ、まだ若手の技術者だ。そんな彼にはたくさんの頼もしい先輩たちがいた。会社設立前より現地に赴任して設計と採用を行い、焼鈍技術者として20年以上先輩である部長、そして製鉄所から森本とともに赴任した5人の操業指導者だ。なかでも操業指導責任者は「現代の名工」および「黄綬褒章」として表彰・叙勲歴もある文字通りの名工である。部長と5人の操業指導者、2人の中國鋼鐵からのエンジニアと共に、運転方案・図面・作業手順の勉強会を未経験の30人の現地社員に対して開き、立ち上げに向けて設備の据え付け状況の確認、資材の準備、試運転を積み重ねていった。
翌2013年6月、いよいよ焼鈍炉に火が入り、現地社員を指導しながらの本格的な操業試験がスタートした。

これからが正念場。身が引き締まる想いだった。

そして2013年10月、CSVCの生産ラインが完成し、ベトナムをはじめ台湾、日本から約700人の要人を招いてオープニングセレモニーが華々しく行われた。翌11月、営業運転が始まり、約800名の社員を擁するCSVCが船出した。
「これからが正念場だ」。足立も森本もやっと立ち上がった工場に感慨を抱きながらも、身が引き締まる想いだった。直前の操業試験では、焼鈍ラインを流れる鋼板と、それを管理するシステムとの間で情報が合致しないという致命的なトラブルが発生。操業技術者の森本は営業運転開始に間に合わせねば恥だとその解決のために奔走した。今後、厳格なユーザーにも認められる高品質な製品を安定供給していくためにはまだまだ多くの改善に取り組まなければならない。
足立は、営業運転が始まり、暗中模索で構築してきたビジネスフローが無事に機能し始めたことに安堵した。3人のベトナム人スタッフも少しずつではあるが戦力になりつつある。そうなればいよいよ取り組むべきはマーケットの開拓だ。現地の日系企業への販売、商社をパートナーとした東南アジアを始め、世界各地への輸出……。ビジネスの芽は育ち始めてはいたが、実績もネットワークもない未知の市場でのチャレンジはまだ始まったばかりだ。

いつの日か、世界のベスト工場に。

「モリモト、日本に帰るな。ベトナムでずっと一緒に働こう」
「何言っているんだ。もうすぐ君たちベトナム人ですべて動かしていかなければならないんだぞ」
ベトナム人スタッフは、ほとんどが20代と若い。そんな仲間たちと気安く言葉を交わしながら、森本は円滑になりつつある操業の現場を実感していた。
森本がCSVCに来て学んだのは、「人」の大切さだった。炉内の反応は? 理想の設備は? 操業技術者の森本はこれまでついつい技術を真っ先に考えがちだったが、それよりももっと大切なことに気づかされた。一緒に製鉄所からやって来て真摯に指導する5名の操業指導者達の後姿を見て学ぶことも多かった。森本は、ラインのチューニングをベトナム人スタッフ自ら現状を分析して改善が実現できるように、地道にステップを踏んで指導していた。
森本には胸にしたためている想いがあった。「いつの日か、世界のベストミルにするんだ」。夢のような遠い目標かもしれないが、野心と実現力を持ち、人を大切にするベトナム人エンジニアを育成することが彼の目標だ。

We are in the same boat.

森本と同じような実感を、営業の足立も抱き始めていた。営業部門は台湾、日本、ベトナムという3国のスタッフからなる混成チームだ。標準語は英語。文化やビジネス習慣もそれぞれ異なるのだから、もちろん軋轢はある。けれども、CSVCには、それを乗り越えて前進していこうというポジティブな空気がみなぎっていた。
足立自身、中國鋼鐵のスタッフから学ぶことも多かった。常に走りながら考え、決断も行動も速い。販売拡大に向かって一丸となって突き進むチームワークは、足立にとっても心地よかった。
「We are in the same boat.」
いつの間にか、この言葉がCSVCの中で合い言葉のように使われるようになった。これから成長しようというマーケットで、ゼロから一緒になって立ち上げた会社だ。絶対にビジネスを軌道に乗せてやる!その想いは国境を超えて共通だ。

誇らしげな満足感と少しだけ寂しさを胸に。

「森本君、例の試作品、この日までに船荷にしなければならないのだが」「わかりました。生産ラインを調整して間に合わすようにしましょう」
2015年、CSVCは営業運転開始から2年目に入っており新会社にとって大きな節目を迎える。そのハードルを乗り越えていくために、営業と工場が一体となった取り組みが加速していた。高炉や熱延などの上流工程をもたない、業界では「リローラー」と分類されるCSVCでは、それだけにスピーディーかつフレキシブルなビジネスが重要となる。緻密な連携が不可欠であり、足立と森本も頻繁に顔をあわせて打ち合わせを繰り返している。
ASEANでも有数の生産規模を誇るCSVCの存在意義は、ベトナムの社会にとっても大きい。成長著しい国とはいえ、人々の暮らしは未だに質素で、足立も森本も町を歩いたり現地スタッフの家庭に招待されたりする度にそれを実感していた。これからCSVCが増産していく鋼板は、現地の社会や暮らしにダイレクトに貢献していくことになるはずだ。「Our Quality Your Better Life」。これが、新会社設立時につくられたCSVCの企業理念なのである。
先の森本の言葉にもあるように、足立や森本たちのミッションは現地スタッフの指導・育成であり、CSVCが独立独歩することが最終目標である。2015年に入ると、日本に帰国するスタッフも増え、毎月のように送別会が開かれるようになってきた。これまで新日鐵住金からCSVCに派遣されてきた者は総勢約70名。それぞれにそれぞれの物語があり、異国の地で悩み苦しみながらCSVCを一から立ち上げてきた。それは国籍を超えて働く社員全員にとっても同じことである。
足立も森本も、やがてベトナムを去る日がくるのだろう。そう、誇らしげな満足感と少しだけ寂しさを抱いて。そしてまた、二人の新しい挑戦がスタートするのである。

足立 匡

CSVCの営業オフィスはホーチミンにあり、生活の場もこの都市。趣味は、森本と同じロードバイク。日本から船便で運んだ愛車に乗ってベトナムの田園風景を楽しんでいる。

森本 康友

着任当時はあこがれとのギャップに戸惑うことも多かったが、現地の暮らしにもすっかり慣れた。週末は現地で購入したロードバイクを駆って郊外に。そこで出会うローカルフードが最近の楽しみのひとつ。