いきなりグローバルマーケットに飛び込む。

大野洋平が新日鐵住金に入社して最初に配属されたのは尼崎製造所だった。担当した業務は顧客立会である。同製造所は、世界最先端のシームレス鋼管を製造する拠点。それらの製品は発電所や化学プラント、油井などミッションクリティカルなシーンで使われるものが多く、製品検査など海外の顧客が同製造所を訪れる機会も多い。工場など関連する部門と調整をして、その顧客立会をコーディネートするのが大野の仕事だった。
そして入社5年目の秋、次なるセクションへの異動を告げられた。「えっ、鋼管事業部 油井管室!?」。その行き先を知って、大野は思わず驚きの声をあげた。
油井管とは、石油や天然ガスの油井で用いられる特殊な鋼管である。新日鐵住金はハイエンドな鋼管で世界トップ3に数えられるメーカー。油井管でも高い評価を獲得している。その市場はほとんどが海外で、90%以上が輸出だ。大野の新たなミッションはその営業であり、つまり、グローバルマーケットに飛び込むことを意味している。
海外で活躍する仕事、社会インフラに携わる仕事。それが就職活動のときに思い描いた目標であり、それを叶えるために新日鐵住金に入社した。けれども、こんなにも早くそのチャンスに巡り会えるとは思ってもみなかった。

中東の大手石油企業に関わるプロジェクト。

油井管室にやって来た大野は、最初の2ヵ月ほどベテランの先輩についてon the jobで業務の基礎を学ぶと、すぐにいくつかのプロジェクトを任されるようになった。
そのひとつが、中東の大手石油企業A社に関わるプロジェクトだった。2014年秋に大型の競争入札が予定されていた。大野は、先輩から引き継ぐ形で、まずは入札に向けての技術PRなどに取り組むことになった。
A社に対しては、社内の期待も大きい。先輩たちが長年にわたって信頼関係を築き、大型契約を継続して受注してきた実績がある。また、エポックとなる新製品を採用してもらうなど、開発や製造のエンジニアたちの思い入れも強い。
その絆を、自分が担当となって失うわけにはいかなかった。大きなプレッシャー。そして、それに正面から立ち向かう闘志が大野の中に沸き上がってきた。

「あなたの会社には大きな信頼を寄せている」

砂漠を背景に近代的な高層ビルが建ち並ぶダイナミックな風景を眺めながら、大野は、自分たちの製品が関わる油井がもつインパクトの大きさを改めて考えていた。油井から産出される石油や天然ガスは、中東の国々に恵みをもたらし、日本をはじめ世界の国々のエネルギーを支える。こうして自分が快適なクルマの中から車窓の景色を楽しめるのも石油あってのことだ。太陽の光は容赦がなく、外の気温は40度を越えているのだろう。
2013年5月、大野は中東の国々を訪れた。営業、エンジニア、現地のグループ会社スタッフ、そしてパートナーである商社スタッフなど、新日鐵住金の油井管ビジネスに関わるメンバーが一堂に集まるグローバルミーティングがドバイで開催された。それにタイミングをあわせて、大野は上司とともにいくつかの顧客を訪問した。そこには当然、A社も含まれていた。
「あなたの会社の鋼管には大きな信頼を寄せている。次の入札での提案も期待しています」
あわただしいスケジュールを終えて空港へと向かうクルマの中で、大野はA社で会った責任者の言葉を思い返していた。今回の出張での一番の収穫だった。よしっ! このプロジェクトは上手くいきそうだ……。

突然、強力ライバル出現の知らせが届いた。

「大野さん、どうやら手強いライバルが入札に参加しそうだ」。現地のスタッフから、そんなニュースがもたらされたのは翌2014年1月のこと。
予定されている入札は、A社が新たに開発する油井に使用する鋼管だ。その提案には「技術」「納期」「価格」という3つの要素が求められる。
なかでも鍵を握るのは技術だ。油井管には、使用環境や鋼管の中を通るガスの特性などから油井ごとに異なる性能が要求される。大野は、現地や商社のスタッフからもたらされる情報を、油井管を開発・製造する和歌山製鉄所のエンジニアに伝えて、プロジェクトをドライブしていた。A社が提示する要件は厳しく、エンジニアたちは新製品となる鋼管を開発することでそれに応えようとしていた。
強力ライバル出現の知らせが届いたのは、そんな最中のことだった。緊張が走るとともに、メンバーたちによりいっそうの一体感が生まれた。
「情報はすべて君が窓口になって管理しろ。そのかわり自分たちは君の要求どおりの鋼管を必ず実現してみせる」。和歌山製鉄所のベテランエンジニアのひと言が大野の背中を押した。

いよいよ入札が1週間後に迫っていた。

入札に提出するオファーシート(見積書)はわずか数枚ほどのものだ。大野が用意したそのシートに目を通した上司が言った。「よし、いいだろう。これでいこう」。
2014年10月、いよいよ入札が1週間後に迫っていた。入札はライバル社との一騎打ちとなることがわかっていた。
技術については世界トップの自信がある。納期も、工程管理のエンジニアが万全の体制を整えてくれた。となれば、あとは価格である。それを導き出すのは誰でもない、営業担当である大野のミッションだ。
大野は、油井管マーケットの動向、他分野でのライバル社の動きなど、社内外のさまざまなネットワークを駆使して詳細な情報を収集した。そしてライバル社の入札価格を慎重に推定し、それに負けない価格を弾き出した。
それら資料一式をビジネスパートナーである商社スタッフに送り後を託すと、大野はさっぱりした気分になった。持てる力を注ぎ込んで、ベストを尽くした。後は粛々と結果を待つのみだ。

とびきりビッグなクリスマスプレゼント。

グッドニュースは12月中旬、突然もたらされた。その日、大野は東京・丸の内の本社オフィスでいつものように業務に取り組んでいた。外はすでに日が暮れて、街はイルミネーションで美しく彩られているはずだ。
仕事用の携帯電話の着信音が鳴った。ディスプレイを見ると、中東の現地スタッフの名前だ。「なんだろう?」と思った瞬間、胸が高鳴った。
「大野さん、吉報だ。あの入札、内定が出た! おめでとう!!」
そのあとすぐに商社のスタッフからも同じニュースがもたされた。大野は、その電話を終えると、慌ただしく和歌山製鉄所のエンジニアたちに次々と報告の電話をかけた。
「ありがとうございます!」
「いや、こちらこそありがとう。お疲れさま!」
そんな言葉が幾度も幾度も飛び交った。ちょっと早めの、だけどとびきりビッグなクリスマスプレゼント。その喜びを仲間たちと分かちあいながら、大野はかつてない達成感と大きな安堵感に包まれていた。
A社の新しい油井で掘削がスタートするのは2015年末の計画だ。やがて大野たちの鋼管が地球の深部と地上を結び、エネルギーを世界に供給する日がやってくる。
大野は、これからの油井管ビジネスへの想いを次のように語る。
「最近、中東のお客様からは、技術の提案ばかりでなく、スタッフの教育や合弁会社の設立などさまざまな相談が持ちかけられるようになってきました。今後は絆をもっと太くして、新たな挑戦へとつなげていきます」

大野 洋平

尼崎時代から旅行に行くのが趣味。東京の本社に移って以来、少々運動不足気味。休日は、ジムに通ったりジョギングをしたり体を動かすように心がけている。